Characters
††:未発表曲・レア曲集
†††:ベストアルバム
††††:ライブアルバム
†††††:その他のアルバム
Stone Temple Pilots(ストーン・テンプル・パイロッツ)の歴史は1987年のカリフォルニア州・ロングビーチでのBlack Flagのコンサートでスコット・ウェイランド(Vo.)とロバート・ディレオ(B.)が出会ったことから始まる。彼らはかつてスコットが所属していたバンドのライブをロバートが見たことがあるという程度の面識しかなかったが、この再会をきっかけに両者は意気投合し、Mighty Joe Youngというバンドの結成へと進んでいく。オハイオ州クリーヴランドの出身であったスコットとニュージャージー州出身のロバートが中心となり、ドラマーのエリック・クレッツと(ディーン・ディレオとは別の)ギタリストが加わることでバンドは活動を始める。しかしこのギタリストが脱退してしまったため、彼らはロバートの兄であるディーンをニュージャージーから呼び、バンドに参加してもらうことにする。これによってバンドのラインナップが完成する。
彼らは当時華やかなポップメタルバンドで溢れかえっていたロサンゼルスでの活動は避け、サンディエゴのクラブなどでライブを行っていく。そして1990年には11曲入りのデモテープを制作している。このデモテープには彼らのデビュー作となる"Core"の収録曲も3曲含まれており、NirvanaやPearl Jamが大きなムーブメントを起こす以前から、"Core"における彼らのスタイルの原型が作られていたことをうかがわせる(収録曲の詳細はアルバム"Core"の項に記している。音源は"Below Empty"からダウンロード可能)。
彼らは結成から2年ほどの間はMighty Joe Youngとして活動を続けていたが、シカゴにいた同名のブルーズ・バンドからクレームを受け、名前をShirly Temple's Pussyへと変更することになる。この段階で既にSTPというイニシャルが取り入れられているが、これはSTPという名の燃料用オイルの会社から得たものであったと言われている。彼らはこのイニシャルを維持しながらより自分達に合うバンド名を模索していく。Stinky Toilet Paper、Stereo Temple Piratesなどの多くの名前が考えられたが、最終的にはStone Temple Pilotsへと落ち着くことになる。
その後もサンディエゴで地道な活動を続けていた彼らは、ライブを見に来ていたエージェントに気に入られ、1992年4月にAtlantic Recordsとの契約を獲得するに至った。
Atlantic Recordsとの契約を得た彼らはブレンダン・オブライエンをプロデューサーに迎え、デビュー作となる本作のレコーディングを開始する。アルバムはAlice In Chainsの"Dirt"と同じく1992年9月29日にリリースされた。
シアトル出身ではなかったものの、グランジと共通項を多く持つサウンドを出していたことから、「シアトル亜流バンド」といった非難を受けつづけたStone Temple Pilots。しかし彼らのデビューアルバムとなった本作は、同日リリースであったAlice In Chainsの"Dirt"をも凌ぐヒットを飛ばし、シーンの中での強固な地位を築くことに成功した。
「Pearl Jamをより重く、ダークにしたような音」―本作のサウンドを安直に表現すればこうなるだろうか。このアルバムの持つ土臭さとヘヴィなうねりに触れれば、どうしてもそういった評価がまず思い浮かんでしまう。しかしながら、実のところ本作から感じられる土臭さはPearl Jamのような純然たるアメリカンロック的なものとは趣をやや異にしている。また彼らはNirvana, Pearl Jam, Soundgardenのように衝動をダイレクトに音の中に叩き込んでいくというよりは、もっと楽曲を練りこんで作っている印象が強い。またところどころにジャズの要素が見られるのも彼らの大きな特徴である。これらは国内盤の「コア+2」に収録された2曲のボーナストラックを聴くとわかりやすい。"Plush"のアコースティックVersionは原曲に比べて土臭さが遥かに弱く、また"Sex Type Thing"のスウィングジャズVersionは原曲からは想像できないほどにハマっている。すなわち彼らの持つグランジ的要素とは、アレンジ面において取り込まれてきた側面が大きいのだ。それはある種の時流に対する意識の表れでもあったかもしれない。しかし本作がグランジとしての名盤と認められた背景には、その表面的なヘヴィネスの裏に隠された個性があったことは見逃せない。
さて、その彼らの個性とグランジ的ヘヴィネスの融合が本作の軸であり、そこから生み出されたサウンドには土臭さとうねりと重さ、そして独特の浮遊感が備わっていた。それらの要素が核となっているのが#1、#3、#5、#6、#8、#12あたりの曲であろう。#4のアコースティックギターによるソロから導かれる#5は、その浮遊感を最大限にまで引き出した曲と言える。この焼け付くような大地の中で蜃気楼に飲み込まれていくような感覚は本作の持つ大きな魅力の1つである。またポップなメロディを有しながら熱度を徐々に高めて迫ってくる#3、スケールの大きな展開を見せる#12なども興味深い。また#6ではJane's Addictionに見られるようなファンク的なグルーヴも垣間見ることができる。
#2、#7、#9、#11はそれとはやや異なったアプローチを見せるが、いずれの曲も個性的でアルバムの印象をより強くしている。#2はグランジ的なうねりとダークネス、それにGuns N' Rosesのような鋭さが見事に調和している。まさに90年代以降のロックの中心を射抜いた曲だと言えよう。またこの曲は性犯罪者に対する怒りが込められており、歌詞が逆の意味にとられないようスコット自身が女性のドレスを着て歌うことも多い。#7はメロディの質の高さを生かしたアコースティックナンバーだ。そして#9は本作が飛躍するきっかけとなった曲で、Pearl Jam的なスタイルと耳に強く残るメロディが印象的だ。#11はこのアルバムの中で最もパンキッシュな疾走感を持った曲で、シンプルだが実に上手く仕上げられている。
本作は土臭さやうねりを前面に押し出したことで、彼らの持つ個性があまり強く見えてこないアルバムではあった。しかしグランジとして高く評価できるだけの完成度を誇った作品であったことも、また確かである。
アルバム"Core"でデビューを飾った彼らはまず10月にLollapaloozaへと出演、またRage Against The Machineのオープニング・アクトを約4週間にわたって務めあげる。1993年の1月からはサポート・アクトとしてMegadethのツアーに40日間ほど帯同した。バンドがこれらのライヴ活動を続けている中、"Sex Type Thing"や"Plush"がMTVでヘヴィ・ローテーションされ、それがきっかけとなり"Core"は勢いよくセールスを伸ばしていった。そして"Core"は最終的に800万枚に達する大きなヒットを記録する。批評家からは「Pearl JamやNirvanaなどの亜流バンド」などと強い非難を受けていたが、彼らはButthole SurfersやFlaming Lips等との全米ツアーやニール・ヤングのサポートを行うなど、さらにその地盤を強固なものとしていく。また11月には1994年2月に放送されるMTV Unpluggedのためのアンプラグド・ライブの収録も行った。そして1994年3月には"Plush"が1993年のベスト・ハードロック・パフォーマンスの部門でグラミー賞を獲得。さらに1993年度のMTV Music Video Awardsにおいてもベスト・ニュー・アーティストに選ばれた。
そして1994年の3月には再びプロデューサーのブレンダン・オブライエンとスタジオに入り、2ndアルバムとなる"Purple"のレコーディングを開始する。本作は6月にリリースされ、バンドを勢いを示すかのごとく全米1位を獲得した。
いかにもグランジ的なデザインだった前作の"Core"から一転して、本作のジャケットは東洋風のイラストが描かれたものとなった。そこに書かれた「紫」という漢字から、このアルバムは一般に"Purple"と呼ばれている。このようにジャケットのデザインこそ大きく変化したが、そのサウンドはあくまで前作の延長線上にあると言っていい。しかし前作の持ち味であった焼け付くような重さは抑えられ、彼らの基盤となっている音楽性やメロディの美しさをより強調した作りとなっているのが特徴だ。
#7は前作の方法論を踏襲したかのような曲ではあるが、サビで肩の力を抜いてメロディを中心に据えた展開を見せるのが実に興味深い。これはNirvanaの"Negative Creep"を連想させるイントロから始まる、パンキッシュな#9にも同じことが言える。#1はこのアルバムの中で最も重さを意識した曲だが、土臭さはかなり薄くAlice In Chains的な粘ついたヘヴィネスとメロディが際立つ。またスローな曲としては、前作の"Creep"をそのまま受け継いだような#6がある一方で、大胆にジャズアレンジを取り入れた#8、甘美なメロディが映える#5などバラエティにも富んでいる。またややパンク寄りのギターロックに軸足を置いたかのような#10にも、耳に残るSTPらしいメロディが光っている。他にも独特のリズムと緩急をつけた展開から、徐々に浮遊感を高めていく#3も面白い。#12はDavid Bowieの曲をアンプラグド・ライブでカバーしたものだが、アルバムの流れと見事なまでに整合性が取れている。ちなみにパロディ的な遊び心が見える#13はRichard Petersonというヴォーカリストによって歌われている。
このアルバムのハイライトはやはり#2と#4だろう。#2はLed Zeppelinとグランジが出会ったようなサウンドと彼らなりのキャッチーさを備えたメロディが絡み合う。軽快に流れていくような展開でありながら、そのメロディはなぜか頭から離れない。このアルバムの中で最もグランジから遠い曲とも言える#4は、Stone Temple Pilotsのソングライティング技術の高さが如何なく発揮されている。このようなメロウな曲は次作以降さらにそのクオリティを高めていくことになる。
前作の"Core"に比べて淡白に思えてしまうためか、実のところ以前はこのアルバムにそれほどいい印象を持っていなかった。しかし前作の延長線上を見据えながら、これだけの新たな魅力をアルバムに注ぎ込むことに成功したのは見事と言える。またそれらを散漫さを感じさせないようにまとめ上げる能力の高さも評価したいところだ。
"Interstate Love Song"や"Vasoline"などの曲が高い評価を得たこともあり、アルバム"Purple"はリリース当初から勢いよくセールスを伸ばし、4ヶ月で300万枚にまで達することに成功する。8月にはカナダでRolling Stonesのオープニング・アクトを務め、また10月からはヨーロッパツアーなども行う。
しかし1995年を迎えてから、Stone Temple Pilotsの活動は少しずつ停滞していく。バンドは3/21リリースのLed Zeppelinのトリビュート・アルバムに"Dancing Days"を提供するも、この時期からスコットはサイド・プロジェクトのThe Magnificent Bastardsに活動の重点を移していく。このプロジェクトによる楽曲"Mockingbird Girl"(後にスコットのソロアルバムに収録)は、3/28にリリースされた"Tank Girl"のサウンドトラックに収録された。そして5月にはスコットがカリフォルニア州のパサディアでヘロインとコカインの不法所持の容疑により逮捕される。その後もスコットはThe Magnificent Bastardsでの活動を継続し、John Lennonのトリビュート・アルバム(10/10リリース)に"How Do You Sleep?"を提供する。
スコットの逮捕などによってメンバー間の確執は大きくなっていたが、Stone Temple Pilotsは10月に再び集まり一軒家を借り切ってアルバムのレコーディングを開始する。しかしバンド内部の問題などが原因で作業には長い時間を要し、Stone Temple Pilotsとしての3枚目のアルバム「ヴァチカン」の発表は1996年の3月まで遅れてしまう。
一軒の家を借り切ってレコーディングを進めていったものの、スコットと他のメンバーが一切顔を合わさないという最悪の状況下で本作は制作された。しかしアルバムはそのようなメンバー間の軋轢を全く感じさせない、極めて高い完成度を誇る仕上がりとなった。 "Core"と"Purple"に見られたStone Temple Pilotsのスタイルというのは、彼らが基盤とする音楽性にグランジ的なヘヴィネスによる装飾を施すことで得られていた感が強かった。本作ではそのグランジ的な要素が大幅に縮小され、バンドが本来持っていた個性が露わとなっている。それは実にカラフルで美しく、深みを持ったサウンドとして聴く者の耳に響いてくる。「亜流グランジ」という批判はもはやこの作品に至っては意味をなさないと言っていいだろう。さらに60年代的な手法、とりわけBeatlesやサイケデリックからの影響が随所に見られるなど、より彼ら自身のルーツへの接近という側面も見せている。またスコットの歌唱にもファルセットやささやくような歌い方が見られるようになるなど、その表現力にさらに磨きがかかっている。
アルバムはエレクトリックピアノと(ギタリストである)ディーンが演奏するベースが印象的な#1に導かれ、ラフな感触のギターロックチューンである#2, #3へと続いていく。これと似た指向を持った曲としては#7, #8が挙げられるが、特に#7の"Trippin' On A Hole In A Paper Heart"はザラザラしたサウンドとスコットの書く胸を締め付けるようなメロディが秀逸だ。#4, #5は60年代的なアプローチが大きく取り入れられた曲で、このアルバムの前半のハイライトと言っていいだろう。#4にはトラディショナルなロックンロールのグルーヴが宿っており、前2作のグランジ路線とは異なった印象を与えてくる。#5はシンプルなサウンドの中に鮮やかで美しいメロディが溶け込んだ、Stone Temple Pilotsというバンドの懐の深さを見せつけるような曲だ。#6には彼らが得意とするジャズっぽさが顔を見せるが、"Core"や"Purple"の収録曲とは比較にならないほど、それらの要素が曲の中に上手く溶け込んでいるのが素晴らしい。#9は本作のコンセプトをこの1曲の中に全て凝縮したような曲で、トランペットも導入した壮大でドラマティックなアレンジ、深みのあるスコットの歌唱、そのどれを取っても絶妙である。ジャジーで温かみのあるインスト曲の#11に続く#12は美しくも儚げで、このアルバムの陰の部分を映しながら全体を締めくくっていく。
歌詞の面においては、これまでの作品に比べて内面的なものが多く見られるようになっている。#2はロックミュージシャンの死などをファッションのごとく扱うことに対する痛烈な皮肉が書かれている。#4も自らと同じ立場にあるミュージシャンの葛藤を歌っていると解釈されることが多い。#9ではドラッグ癖を抱えているスコットが近いうちに死を迎えることを願い、それを(Nirvanaのカート・コバーンのときのように)ビジネスに利用したいと考える人々への憂いが歌われている。また、#9の歌詞には本作に収録された他の曲のフレーズが使われている箇所がいくつかある。"We can all just hum along"の節は#4にも見られ、"Hold it closer let it go"の節は類似のものが#7と#10にもある。そして#3と#7はどちらもスコット自身のドラッグ問題について書かれたもののようだ。カラフルな#5も歌詞は寂しげで、過去の痛ましい記憶から逃れようと懸命に振る舞う女性の姿が描かれている。
Stone Temple Pilotsにとって本作を作り上げた音楽面での意義は極めて大きい。単に楽曲のクオリティが向上しただけでなく、バンドの表現力の幅に広がりを与え、個性の確立にも大きく前進している。また全体を通して聴いたときの流れもスムーズで、バンドがさらなる高みへ歩んでいることを感じさせてくれるアルバムだ。
「ヴァチカン」をリリースして以降も、バンドはスコットのドラッグ問題が原因で活動が停滞した状態が続く。スコットはアルバム発表直後の1996年4月にカリフォルニア州パサディナで裁判官に最大6ヶ月の薬物療法プログラムを受けるよう命じられ、バンドはアルバムのリリースに伴なう全米でのフリー・コンサートをキャンセルせざるを得なくなる。また6月にはスコットがリハビリセンターから脱走するという事態も起きてしまう。そのためスコット以外の3人のメンバーは新たにTen Inch Menのデヴィッド・クッツをヴォーカリストに迎え、サイド・プロジェクトとしてTalk Showというバンドを始動させる。そして7月から8月にかけて、Talk Showとしてのアルバムのレコーディングを行う。スコットはプログラムを10月に終えて戻ってきたものの、1997年1月に再び別のリハビリセンターに入ることになり、Stone Temple Pilotsとしての活動は極めて短いツアーを行うのみにとどまった。
以降はバンドとしての機能が休止した状態へと陥り、スコットと残り3人のメンバーが別々に活動を進めていくことになる。Talk Showは昨年レコーディングしたアルバムを9月にリリースし、Foo Fightersとともにツアーに出る。一方のスコットはサイド・プロジェクトとして継続していたThe Magnificent Bastardsではなく、ソロ・アーティストとしての活動に着手する。スコットはまず1998年1月にリリースされた映画「大いなる遺産」のサウンドトラックに"Lady Your Roof Brings Me Down"を提供。そして3月には同曲や("Tank Girl"のサウンドトラックに収録された)"Mockingbird Girl"の新録を含むソロ・アルバム"12 Bar Blues"をリリースする。その後、スコットはアルバムにともなうツアーに出るが、6月にニューヨークでヘロイン所持の現行犯で逮捕される。さらに8月にはロサンゼルスでもコカイン所持の容疑で逮捕され、ツアーはキャンセルせざるを得なくなる。また、スコットのソロとTalk Showはいずれも商業的には失敗という結果に終わった。
両者のサイド・プロジェクトが失敗に終わったことや、スコットのソロ・アルバムのレコーディングの際にディーンとロバートが互いの関係の修復に動いたことなどから、スコットと残り3人のメンバーはStone Temple Pilotsとしての活動を再開すべく動き出す。1999年の3月にはロサンゼルスのクラブで2年ぶりのライヴを行い、そこで新曲の"Down"(次作の"No.4"に収録)も披露した。4月にはこれまでの3枚のアルバムをプロデュースしてきたブレンダン・オブライエンとスタジオに入り、STPとしてのニューアルバムのレコーディングを開始する。このアルバムは"No.4"と題されて10月にリリースされた。しかし9月にロサンゼルスの裁判所でスコットが度重なるドラッグ不法所持の罪で1年間の実刑判決を受けたため、アルバムがリリースされたときにはスコットは刑務所の中という事態になってしまった。
オープニングからズシリとヘヴィネスを強調してくるのがまず印象的だ。前作のライトな感覚から変わって、ヘヴィなグルーヴをバンドが求めたことが伝わってくる。ただしそのヘヴィネスの質は"Core"や"Purple"のPearl Jamを彷彿とさせるものではない。むしろポストグランジやニューメタル勢に見られるような音圧で押し込むタイプの重さだ。これも時流をサウンドに取り込む技術に長けたStone Temple Pilotsらしい選択と言えようか。とはいえヘヴィネスを前面に押し出しているのは数曲にとどまっており、全体としては前作「ヴァチカン」のメロディ重視の傾向を受け継いでいる。
本作の特徴の1つとなっているヘヴィ寄りの曲としては#1, #2, #3, #6がある。しかしヘヴィであることに強くスポットを当てているのは#1, #6だけである。#2は前作で見せたトラディショナルなロックにヘヴィネスを加えた感じであり、#3はサビで一気に勢いを放射する曲ではあるがそれほど重くはない。#1も極めてヘヴィではあるもののSTPらしいメロディは決して損なわれておらず、初期の2枚の頃よりも作曲センスが向上していることが伺える。また本作には#7, #10とかなりパンク色の強い曲も含まれている。#10は伝説的なデトロイトのガレージバンドMC5をタイトルに据えたとあって、MC5を連想させるガレージパンクとなっている。それに対して#7はもっとストレートなパンクを指向した曲だ。しかしこの曲が驚くほど完成度が高いのだ。飾り気のないパンクチューンでありながらも、Stone Temple Pilotsにしか出し得ない旨味がつまっている。シンプルな曲にこれほどまでに持ち味を溶け込ませられるバンドになったことには感慨をおぼえずにいられない。
そしてメロウな風味を見せているのが#4, #5, #8, #9, #11だ。いずれの曲も前作の広がりのあるポップ感とはやや異なった、落ち着きのある雰囲気を持っている。しかし、それで曲の魅力がそがれているということは全くない。#5のコンパクトにまとめられたサウンドの中に普遍的な美性を備えたメロディを溶け込ませるのは、もはや彼らが得意とするスタイルの1つになったと言えよう。"Purple"収録の"Interstate Love Song"や「ヴァチカン」収録の"Lady Picture Show"に並ぶ、STPの代表曲として挙げられる曲だ。#9も#5のスタイルを踏襲したタイプの曲だが、こちらはよりライトでポップな感覚に仕上げられている。ティンパニなども導入した#4も軽快なメロディが耳に残る。#8は船旅のようなゆったりとしたリズムの中をチター(ハープに似た弦楽器)の音色が透明感のある空気で満たし、それをファルセットをほどよく融合させたスコットの美声が紡いでいく素晴らしい曲だ。そして特筆すべきはアルバムを締めくくる#11であろう。スコットは#8とはまた違った渋く深みのある歌唱を聞かせ、サウンドは壮大な乾いた大地の上を踊る砂埃の香りを一面に漂わせる。そしてマリンバ(木琴の一種)のソロで幕を閉じていくというアレンジもまた絶妙である。ちなみにマリンバを演奏しているのは、シアトルの代表的なグランジバンドとして語られるSkin Yard, Screaming Trees, Mad Seasonなどで活躍したバレット・マーティンとのことだ。
歌詞については前作のように自らの内面に深く目を向けたような重いものは少なくなっている。そのかわりスコット自身のドラッグに対する葛藤が書かれた歌詞が目を引く。#6と#9はそれが顕著に表現されており、ドラッグから逃れなければならないという意識と、それでも手を出しそうになる感情の狭間で揺れ動く姿が描かれている。また#5はスコットが彼のパートナーと離婚に至ったことについて書かれたものだ。#3のタイトルである"Pruno"とは、フルーツとパンと水を袋の中で発酵させて作る酒を意味するそうだ。これは受刑者が刑務所内で与えられる材料を使って密かに作るものとして知られている。
本作は時代に応じたヘヴィネスを取り入れるなど、かつてのStone Temple Pilotsを思わせる側面も少なからずあった。しかし前作で明らかになった彼らのメロディセンスと作曲能力の高さは、本作でもさらに広がりを見せている。特にメロウな曲に取り入れられた実験的な要素は、その多くが曲の持ち味をプラス方向に引き上げるべく作用している。復活作であるがゆえの硬さもなくはないが、それを差し引いても十分なだけの楽曲が揃ったアルバムである。
"No.4"からは"Sour Girl"がヒットしたが、スコットが刑務所に収監されていたため、またしてもアルバムに伴なうツアーを行うことはできなかった。しかし今回は「ヴァチカン」リリース後とは違い、残りの3人のメンバーはサイド・プロジェクトを立ち上げることなくスコットを帰りを待ち続ける。そしてスコットが刑期とリハビリセンターでの治療を終えた2000年2月からバンドは再び動き始める。3月には早速ロサンゼルスとニューヨークにてシークレットライヴを行う。その約半年後にはGodsmackやDisturbedとともに、約1ヶ月にわたって"MTV's Return Of The Rock Tour"と銘打たれた全米ツアーに出る。
2001年に入るとバンドはカリフォルニア州マリブの山中にある一軒家を借り切り、プロデューサーのブレンダン・オブライエンとともにレコーディングを開始する。じっくりと3ヶ月の期間をかけて制作されたアルバム"Shangri-La Dee Da"は6月にリリースされた。
思うにStone Temple Pilotsの音楽性には「異質な音楽的要素とのミクスチャー」という一面が常につきまとっていた。例えばそれは"Core"や"Purple"に見られたグランジ的ヘヴィネスとの融合、前作"No.4"で取り入れられた現代的ヘヴィネスなどに表れていた。このミクスチャー技術の高さもSTPの魅力であったことは事実なのだが、その反面どこか個性が確立しきれていないように映ったこともまた否めない。しかし本作にはもはやそのような側面は見当たらない。既にスタイルを確立したメロウな曲の美しさはそのままに、ヘヴィな曲にも何処をどのように切ってもStone Temple Pilotsでしかないサウンドが刻み込まれている。
アルバムのオープニングを飾る#1がその事実をあまりにも雄弁に物語っている。うねりと重さを四方に放射しながらも、決して初期のグランジ的サウンドの焼き増しにはなっていない。またメロディにもスコットにしか出せない妖しさが存分に漂っている。STPによるヘヴィチューンの完成形の1つと言っていいだろう。続く#2は晴れた空のように透き通ったヘヴィなポップナンバーだ。「ヴァチカン」の霞みがかかったような美性や、"No.4"のような落ち着いた雰囲気とも違う、視界が一気に開けたような開放感に満ちている。#3は現在のSTPらしいうねりを限界まで出し尽くしたようなヘヴィながらも心地良い曲だ。#4は「ヴァチカン」収録の"Big Bang Baby"により重みを加えたようなナンバーだ。Holeのコートニー・ラヴのことを痛烈に非難した歌詞からも、両曲の間にある微妙な関係が感じられる。
#5からはこれまでのアグレッシブな展開から変わって、メロウな曲を連続させることで流れを作っていく。#5は前作に収録されていた"Glide"を思い起こさせるような広がりのある曲で、ごく自然に溶け込んだジャズの要素とスコットの書くメロディとの調和が素晴らしい。黒く分厚い雲が近づいてくるようなイントロから、小雨が大地を少しずつ湿らせていくような風景を思い起こさせる#6もまた彼らの持ち味が生かされている。ビートルズからの影響を強く感じさせる#7は"Purple"の時期に作られた曲とのことだ。しかし当時の彼らのスタイルとは大きく異なっていて、スコットのささやきかけるような美声と、水面に落ちた一粒の水滴が波紋を広げていくようなサウンドが見事に一つにまとまっている。#8はコートニーとその夫であったNirvanaのカート・コバーン(1994年に他界)のことが歌われた曲で、胸を軽く針で刺すようなメロディが印象的なギターロックだ。続く#9ではその感傷的なムードを吹き飛ばすがごとく、ポジティブな空気をいっぱいに含んだSTP流のポップロックが展開される。#10も#5と同じくジャズテイストが散りばめられた浮遊感の漂うメロウな曲で、ドラッグからの脱却に苦闘するスコット自身の姿が歌われている。ヘヴィなうねりを聞かせる#11は#10に続きスコットの当時の心境が垣間見える曲だ。そして後半のハイライトとも言えるのがスコットの息子に捧げられた#12だろう。ロバート(B.)が奏でるアコースティックギターが実に心地よく、曲が作り出す空間全体が木洩れ日のようなささやかな暖かさに満たされている。最終曲である#13は意外にも土臭さのあるサウンドが重みをともなって響いてくる。"Core"で表現したヘヴィネスを今のSTPが調理したような感触のある曲だ。
突出した曲があまりないという印象があるせいか、本作はしばしば地味というような評価を受けることもある。しかしどの曲のクオリティも極めて高い水準で保たれており、アルバムの完成度はかなり高いと言うことができよう。ただしアルバムの最後は"A Song For Sleeping"(#12)で飾ってほしかったと思ったが。
それにしても懐の深いバンドである。アルバムを1枚ずつ重ねるごとに新たなる進化をそこに刻み、ついには唯一無二とも言えるサウンドへたどり着いた。それもかつては「時流に乗っただけの亜流」と散々なまでに非難された彼らが、である。グランジ的な音像だけを求めて初期の"Core"と"Purple"しか聴かないとしたら、それはあまりにももったいないことである。Stone Temple Pilotsの真価はむしろその後にリリースされた3枚にこそある。自らを覆っていたグランジ的ヘヴィネスというドレスを脱ぎ捨て、バンドとしての生の個性を完成させていった過程が映し込まれた中期以降のアルバムを、そしてその完成形である本作を聴かずして彼らを知ることはできないと言えるだろう。
Stone Temple Pilotsはアルバム"Shangri-La Dee Da"に伴なうツアーに出るが、ツアーの最終公演でスコットとディーンが激しい口論となってしまう。そしてスコットはヴォーカリストを探していたGuns N' Rosesの元メンバーであるスラッシュ、ダフ・マッケイガン、マット・ソーラム等から誘いを受け、2003年に彼らとともにVelvet Revolverを結成する。これによってStone Temple Pilotsは事実上の活動終了を迎えることとなった。
スコットがVelvet Revolverへの参加を決めたことから、バンドとしての活動を終了することになった彼らがリリースしたベスト盤が本作である。収録曲は1stの"Core"から4曲(#3, #5, #7, #12)、2ndの"Purple"から3曲(#1, #4, #10)、3rdの「ヴァチカン」から3曲(#6, #8, #9)、4thの"No.4"から2曲(#2, #14)、5thの"Shangri-La Dee Da"から1曲(#13)となっている。#15は"Core"に収録された"Plush"のスコットによるソロ・パフォーマンスである("Core"収録の"Plush(Acoustic Version)"とは別テイク)。また#16は"Shangri-La Dee Da"収録曲のライブ・バージョンだ。そして唯一の新曲として#11が収録されている。
全体のバランスとしては最もヒットした1stの"Core"にやや重点が置かれている。また既発曲は#3を除いて全てシングルとして発表された曲であり、ある意味では順当な選曲だと言える。個人的な感想としては4thの"No.4"収録の"Atlanta"や、5thの"Shangri-La Dee Da"に収録された"Dumb Love"などを含めてほしかったと感じるところもあるが。
さて、やはり本作で注目すべきは唯一の新曲として発表された#11であろう。いや、それにしてもこの曲が想像を遥かに超えるだけの充実度を誇っているのだ。前作でほぼ完全にバンドの音楽性を確立した彼らだったが、もう一つの持ち味であった重さという点では少しばかり物足りない面もあった。しかしこの曲はそのような不満を全て吹き飛ばすかのように、初期の彼らにも匹敵する大地にズシリと響くヘヴィネスでもって攻め立ててくる。初期のSTPを思い起こさせるとはいっても、もはやそこにはPearl Jam的な土臭さもなければ、"No.4"のような時代を意識した側面も感じさせない。「グランジ」という言葉で表現したくなるようなサウンドでありながらも、これはもうStone Temple Pilotsとしか呼びようがない。まさしく1stの"Core"から5thの"Shangri-La Dee Da"までに培ってきたあらゆる経験がこの1曲に凝縮されていると言っていいだろう。ヘヴィネスの中に独特の叙情性を溶け込ませたサウンドに、スコットの胸を締め付けるようなメロディと歌詞が絡みつく。乾いた空を引き裂くかのようなスコットの歌唱もまた見事である。全てが完成されていると言っても過言ではないだろう。
それ故に惜しいと言わねばなるまい。もしこの曲を軸に6枚目のオリジナルアルバムが制作されていればどうなっただろうか。さらなる高みに達したサウンドを表現できたであろうことを考えると、このタイミングでの活動の休止は実に勿体ない。
いずれにしても、やはり本作の存在意義は"All In The Suit That You Wear"に尽きるし、それだけでもこのアルバムには十分な価値があると言えるだろう。
Other Information
本作からシングルとしてリリースされた曲
1990年制作のデモテープの曲目 (音源は"Below Empty"からダウンロード可能)
*2 : "Core"収録の同名曲とは別